2025年2月3日月曜日

キャッチコピー決定

「ここで、出会い直す」


2月2日の実行委員会では、キャッチコピー決めをしました。浜松駅北口地下広場、バスターミナルの地下のもつイメージ、「岐路」「まわる、めぐる」「ぬくもり」など様々の案が出て活発な意見交換がされました。




実行委員みんなでイメージを共有していくこの過程は、演劇祭にとってとても重要なもので、醍醐味でもあります。

2025年1月23日木曜日

路上演劇祭Japan in 浜松2025 エントリーシート

  路上演劇祭Japan in 浜松2025 エントリーシートです。

3月10日までにご提出ください。(要PR用写真1点)

下記までご連絡いただければ、Wordファイルをメールにてお送りします。

tetora@kyj.biglobe.ne.jp    担当:寺田

よろしくお願いします。




路上演劇祭Japan in 浜松2025 出演者・スタッフ募集のお知らせ

 路上演劇祭Japan in 浜松2025

 出演者・スタッフ募集!!

まわりまわるよ

   めぐりめぐるよ

      今ここ岐路に立つ

日程:2025年5月31日(土) 

場所:浜松駅北口地下広場

募集:①出演者

   路上で公演しようとする人、団体を募集しています。
   規定のエントリーシートをご提出ください。
   30分以内上演を目安に滞在、分散等さまざまな試みが可能です。
   申込締め切りは2025年3月10日まで。
   出演は実行委員会にて話し合いの上、決定いたします。

   ②スタッフ

   一緒に路上演劇祭をつくる仲間を随時募集しています。


【浜松駅北口地下広場とは】
浜松駅北口地下広場は、1982年、何か所かに分散していたバスの発着所を一か所に集約するためにつくられたバスターミナルの地下にあります。
正十六角形の円形バースは全国でも珍しく、地下広場はJR浜松駅やアクトタワーや繁華街等をつなぐ位置にあります。

【路上演劇祭Japan in 浜松とは】
路上演劇祭Japanは、2001年、静岡県・浜松と東京・世田谷で始まりました。
浜松ではその後2009年より再開し、それぞれの場所や人と関係を結びながら毎年開催しています。

主催:路上演劇祭Japan浜松実行委員会



◇お問い合わせ・お申し込み

  路上演劇祭Japan浜松実行委員会  

   担当 寺田景一    

   Mail:tetora@kyj.biglobe.ne.jp (エントリーシート提出先)

※ブログのコメントでも質問承りますので、お気軽にお問い合わせください。

※記入用のエントリーシートをメールで送らせていただきます。

※出演者、プログラム等は申し込み締め切り後、実行委員会にてエントリー者も含めた話し合いにより決めて行きます。


YouTubeチャンネル:路上演劇祭Japan in 浜松

↓ 昨年のダイジェスト

路上演劇祭Japan in 浜松2024ダイジェスト
























2024年11月26日火曜日

11月24日(日)浜松青少年の家にて、17時~19時に実行委員会を行いました。

10月19日に実施した、開催場所をさがすための街歩きを経て、
実施場所、コンセプト、開催日等について話し合いました。

開催場所は、「浜松駅北口地下広場」。
バスターミナルの地下にある広場です。
バスターミナルは、1982年11月1日にできました。

正十六角形で16番まで乗り場があるようですが、このような円形バースは、全国でも珍しいようです。


かつては街中の各所にバスの発着所がありましたが、バスターミナルの完成により、1か所に統一されました。

乗り換えが同じ場所で出来るため便利になりましたが、そのため、街中の周遊が少しなくなった気がしました。

1984年には市制70周年と人口50万人突破を記念し、鋼板でできたモニュメント「伸びゆく浜松」がつくられました。


また、壁面には1983年に完成した同じ「伸びゆく浜松」よいう名の陶板レリーフがあり、ベルギー出身のルイ・フランセンという芸術家によりつくられました。

太陽・プラタナスのイメージを中心に、ピアノ・遠州織物・浜名湖の波や風、浜松城などが描かれています。


出来てから、42年の時が経っています。

この場所が「浜松駅北口地下広場」という名であることは初めて知りました。

やらまいかフェスティバルの会場のひとつとして活用されているのは見たことがありますが、そんなにイベント会場として使われていないようにも思います。


みなさんは、どんな機会にここを訪れますか?

車ばかりだよ、というかたも多いかと思いますが、

浜松駅から市外へ行く時などは立ち寄ることもあるかもしれません。

ただし、あまり立ち止まることはない。

目的地に向かうための通り道。

そんな感じではないでしょうか?


僕も、
酒を飲むため、バスで街中へ行くとき、
メイワンや遠鉄百貨店に寄るとき、
アクトホールで音楽会や演劇をみるとき、

学生時代、帰省したとき、

東京へ行くため、交通費を浮かせようと東名バスを使ったとき、

やはり、通り過ぎていきます。


ちょっと立ち止まって見ませんか?
きっと何かが見えてくるはず。


次回の会議は来年1月4日(土)青少年の家で16時~18時。
日程やコンセプト、出演者募集について等決まるかと思います。
一緒につくる実行委員も募集しています!!
お気軽にご連絡ください。



 


 


2024年7月27日土曜日

路上演劇祭Japan in 浜松2024ダイジェスト

 6月8日(土)に有楽街で行われた

路上演劇祭Japan in 浜松2024のダイジェスト動画をYou-Tubeにアップしました。

キャッチコピーは、 “旅する。有楽街”

北から南へ行きつ戻りつ移動しながら上演した路上演劇祭を30分のダイジェストでご紹介。

有楽街で生まれた路上演劇の息吹を少しでも感じてください。


動画はこちらから

路上演劇祭Japan in 浜松2024ダイジェスト

https://youtu.be/O-sxhaf3GAo




2024年6月18日火曜日

路上演劇祭Japan in 浜松2024 ある雑感(写真とともに語る)

 

路上演劇祭の路上を平仮名にすると、“ろじょう”となる。
“ろじょう”というと、途端に心もとない気がして、
ろじょ―だか、じょうろだか、ろーぞだか、どーぞだか、よくわからなくなり、
六月なのによく晴れた空から、大きなジョウロで草花のように水をかけてもらいたくなる。
 
ジョウロを漢字にすると、“如雨露”。
途端に俳人を気取り洒落た夏の季語を使って、一句ひねりたくなる(あるいはならない)
 
とはいえ、巨大なジョウロで撒かれるように雨が降ると、
有楽街で開かれようとしている“路上演劇祭”は困る。
雨でもどんと来いだが、有楽街では出来なくなる。

 開演の十三時を間際に控え、誰かが不吉なことを言う。
「段々日影がなくなってきた」
太陽に支配されるかもしれない。
(それは杞憂に終わる。いずれ建物で影になる時間が訪れ、通りをさあっと涼しい風さえ吹く)

 そんな心配をよそに、非情にも時間通り、開催の鬨を告げる。
MCは、まりまり、ぷちまり、寺田の連合軍がリレーでつなぐ。













【出張お芝居!ぷちまり】

あなたたちは、いつまで出張お芝居を続けるのだ。
学生生活に期限があることを知りながら、今にすべてを燃やす人々よ。
二組にわかれ、同時進行で別の芝居が展開される。
便宜的にどちらかの演劇を観る観客も含め、盛大に重層的な場と化す。












【URARA】

「新聞紙を体に巻いた踊り」と地方紙の女性記者に記されたが、
ある意味正しく、ひとつの驚きを正直に表わした言葉だと思う。
なぜ彼女が新聞記者を志したのか知らないが、
まさか、仕事の結晶である新聞がこのように使われるとは予測もしなかっただろう。













【キング人民共和国】

ここには王様(キング)はいない。
王様を演じる者たちがいるのみだ。
我々は、巨万の民の内ひとりしかいない王様にはなれないことを知っている。
また、そんな者になってみても仕方がないこともよく知っている。
なれる者にすでになっている。



 










【浜松キャラバン隊】

そもそも、天気が悪いとはどういうことなのか?
雨が降ることは良くないことなのだろうか?
天候ごときに左右されるよりも大切なことはあると思う
たとえば、花に水をやるように。













【木の実プロデュース】

私たちが交換する物は何なのか。
考えて見ても仕方がない。
鉢合わせてしまったからには、どうしようもないのだ。
その後のことは、プレートに書かれたオノマトペを見てから考えよう。













alaALALive

腰に手をあてて「ぷは~」と飲み干すのは、
銭湯でのコーヒー牛乳以来かもしれない。
いや、これは昭和の時代の宴会か。
「一気一気一気一気‥‥‥」
昭和を知らぬ若者が、飲み物もなしに唱和する。













【劇団天文座】

背中で物を語ったのは、いつの時代か。
整列が美しいのは、試合終了を告げられた高校球児か。
大阪より来た若者たちは、有楽街を正面に見据え、何事かを語る。
両手をだらりと下げて。













【エンジョイ・おでんの具】

叩く遺伝子は何かの発露を経て、身体表現へと変化する。
親が子を叩くのも男が女を叩くのも同様かもしれない。
楽器の演奏は実はそれらと背中合わせ。
狂い、いずれ祝福となる。エンジョイ!!













加藤解放区

グーがチョキに勝つのは、今のところ常識。
そういう法則の元、世間は成り立っている。
長い髪を後ろで束ねた浪人風の男性が立ち止まろうとも、
「個室焼肉忠臣蔵」と言う店名が気になろうとも。













【テラ・ダンス・ムジカ】

這いつくばる飛行帽の男と普段着のダンサーの身体。
立ち尽くす顔のない観客たちと、地べたに腰を下ろす者たち。
世界が二分されているようだが、写真という切り取られた見え方に過ぎない。
偶然。たまたまなのだ。
音があることは、現場でぜひ!!













【里見のぞみ】

「とらじ」よ。12年前(の路上演劇祭)はお好み焼き屋であったはずだ。
「かきセンター」よ。あの日は果物屋であったはずだ。
顔のない人には、ほんとうに顔はないのだろうか?
それは誰も知らない。
あったはずのものの行く末を誰も予感ができないように。













劇団カチコミ

5月の浜松まつりが終わった週末、有楽街の挨拶まわりをした。
出たいとノリがよかった鳥メロのお兄ちゃんは、仕事の合間、演劇祭を観ていた。
大阪から来た人気者志望のグレートショーと重なった。
未来志向の花は咲くことだろう。














【お芝居デリバリーまりまり】

演劇祭の前、来浜(浜松に来ること)し、いくつか公演したそうだ。
妹分のぷちまりとも一体化し、大きな力となる。
でも、こうして仲良く笑っている姿を見ると、
個人個人の力の結晶であることがよくわかるのだ。
手持ちの黒上下で挑む潔さも含めて。



 











【フィナーレ①】

舞踏家の五本の指先につかむのは何なのか。
詩人の発する言葉を越えてゆく。
ここでは物理的にであるが、
そもそも異なる表現手段は、互いに越え合うのがいいのだ。
越境。
そういう場。













【フィナーレ②】

フィナーレが行われたのは最終演目が上演された場所だった。
北端から南端まで演劇の旅で踏破することを志した。
ただし、南端には辿り着くことは出来なかった。
そこに悔いはまったくない。
あくまでも机上の目論見だ。
予測できないことを楽しむ、
それが路上の醍醐味としか言いようがない。














みんな、
路上演劇祭が始まるよ!!













文章:寺田景一
写真:榎本有希子

2024年6月15日土曜日

路上演劇祭 Japan in 浜松2024 終了しました。

 路上演劇祭Japan in 浜松2024 6月8日(土)終了しました。

ご覧いただいたお客様、有楽街、

その他、お世話になった皆様、ありがとうございました。

またお会いしましょう😊


静岡新聞より