14:10~
金子あつし【小説『えなも おどっちゃうけん! はじまりのとき』のはじまりのとき】
9年間浜松に住み出版社を経営していたが、出版社のない地域で自ら立ち上げたいと、5月中旬より群馬県南牧村に住む。
路上演劇祭の準備の最中、そんなドラスティックなニュースが届いた。
自らの小説の冒頭を、群馬県のマスコット「ぐんまちゃん」を相棒に、漫才から入る。
落語で言う枕(まくら)であると語っていた。
本編に入る前の導入。
小説は朗読にて読まれない。
あくまでも語られる。
落ちはあったのだろうか。
きっと落語のように、うまく落として締めたことだろう。
14:40~
ヒメ巴勢里劇場【回転詩~円にて演じて縁深まる】
まさにタイトル通りの作品だったなと思った。
名は体を表すと言うが、演劇作り以前の段階でつけた名が、内容に宿ることがある。
あたりまえだと思うかもしれないが、そうとも言えない。
当初の構想と演劇がズレていく場合もある。
思いと行動で進行していくさまが今ここにしかない演劇だった。
どれを使おうか迷ったが、演技の果ての写真にした。
タイトルをよく表現していると思う。
正しくは、詩にはポエムとルビがふられている。
15:00~
右脳中島オーボラの本妻【テクノカット三郎VSメトロポリタン男爵】
4月に世田谷で観た時と驚くほど違うテイストの作品だった。
その時は女性キャストが活躍していた。
浜松での上演は男性率100%。
世田谷の作品が文学系前衛なら、浜松はかなりのハイテンションPOP。
音もバシバシ駆使する。
肉体使用率の高い体育会系でもあり、恐れを知らぬ男子大学生ノリでもある。
19時30分名古屋着のメンバーがいるため、強い印象を残したまま、去って行った。
15:25~
The合唱団【花は咲いたか】
声が出なくてもかまわない合唱団に、昨年参加したグループホームすてっぷがドッキング。
「花は咲く」は東日本大震災の翌年2012年に生まれたチャリティーソング。
作詞の岩井俊二さんと作曲・編曲の菅野よう子さんは宮城県仙台市出身。
亡くなった方の目線、100年後も詠み人知らずで残る曲になればいいとつくられたそうだ。
歌詞は歌詞カードに書かれた文字ばかりが歌詞ではない。
曲は五線譜に書かれた音符ばかりが曲じゃない。
聴こえてきたすべてが音楽。
いや聴こえなくてもかまわない。
声に、そして姿に音はあらわれる。
15:35~
笠谷ん【『白雪姫』『鶴の恩返し』】
昨年にも増し、さらにパワーアップした笠谷ん。
石の上に神々しく立つ。
今年も金沢から訪れたが、かつて浜松で演劇をやっていた頃がある。
その時、劇団活動を始めたと言う。
当時演劇活動を通して、知り合いだった人が観に来ていた。
感想は聞かなかったが、その頃とはまったくちがう姿ではなかったか。
少なくとも白塗りではなかったんじゃないか。
昨年出場するということで観に来た仲間との縁で、出番後ジャズとのコラボによるライブが予定されていた。
16:05~
エンジョイおでんの具【ドゥンドゥンバ・パーティ】
3年連続の出演だが、1年経てばいろいろ変わる。
とは言え、変わることもあれば変わらないこともある。
ひとりのレディがデビューした。
メガホンの準備万端。
画像落としたので見づらいが、ぜひ元データのご確認を。
今年は無理を言って、「春休みの宿題」にも登場して頂いた。
「南西に向かうと、人類誕生のアフリカの大地」。
踊る輪は途切れず、長くどこまでもつながっていった。
よにんめの「滞在型出演者」佐々木知里【何かのやりとり】
佐々木さんは路上演劇祭が始まる前まで、1か月ほど全国のいくつかのシェアハウスを巡っていた。
シェアハウスとはひとつの建物の中、複数人でキッチンやリビングなど共有して暮らす形態。
相部屋でなく、各自は個室で住むのが特徴。
他者との距離感が、現代的なのかもしれない。
地球を大きな家とするなら、生き物はみなシェアハウスに暮らしているとも言える。
佐々木さんはここで、共有のためのひとつの試みを投げかけた。
そこには多くの人が集い、何ものかをシェアしていた。
16:35~
あめつち【朗読劇『家康食い逃げ物語』】
あめつちのリーダー、伊藤さんは交流関係が広い。
演劇関係にも知り合いがいて、美容室に行ったら「伊藤さん路上出るでしょ」と言われ驚いた。
僕が一度共演された方が観に来ていて、メンバーがその方のWSに参加されていたそうだ。
始まる前のチンドンのお囃子が効果的だった。
直前の「エンジョイおでんの具」のアフリカ太鼓と対称的だが、大海を越えて文化がつながった気がした。
ひとりの方は間際に仲間に入り、数回の稽古で挑んだと楽しそうに話されていた。
16:55~
荒山昌子【a.la・ALA・Live~浜松路上演劇祭バージョン】
観客を巻き込みながら、ひとりの人間の悲哀を笑いをまじえ表現する。
この日のアラリンはいつものそんな姿とは異なる気がした。
石舞台に颯爽と立つさまは、まるでオペラ歌手。
いや、これは風が吹きすさぶ荒野にひとり立つ女。
観客との物理的な距離はいつもと違い、遠い。
しかし現在から始まる三世代の女の話を、みな食い入るように見つめていた。
それは私のことでもあるとでも言うように。
17:25~
キング人民共和国【大きな羊、11の心】
すずや、ムラキング、ジュリエットによるトリオ芸は毎度さまざまな形を成す。
今回はまるでトリオ漫才だった。
三味線?と踊りと語り節。
演芸場での似たグループを探したが、見当たらなかった。
横山ホットブラザーズでもないし、コント赤信号でもカシマシ娘でもない。
東京03、四千頭身、花子、ロバート、パンサー、ネプチューン・・・。
いつも早めの登場だが、遅めの出番に、通路で打ち合わせらしきことをしていた。
演芸場の芸人のように、あうんの呼吸でやればいいとばかり、さっそうと上演場所に姿を現わす。
17:40~
イチニノ【遠くから見てるだけ】
イチニノは茨城県からやってきた、と思っていたら、千葉県、長崎県からも訪れていた。
その人たちは他団体のメンバーで、何とネットワークを駆使した、“イチニノ一座”!
会話劇は、野外では難しいと感じる時がある。
そんなケースも目にし、やっぱり外はノンバーバル(非言語)だなあ、と思ったりする。
人々の生活音の中、混沌や喧騒に、大切に伝えたい言葉が消えていく。
探すのだ。商店街の軒先を、ビルの隙間を、小さな公園のような、そんな場所。
地下広場で見つけ行われた会話劇は、天候により内容が変わるとも言い、晴れと雨のバージョンがあるそうだ。
今回晴れだとしたら雨がある。いつか観てみたい。雨の日にでも。
18:05~
AOHAROOP(仮)(アオハループ)【応援戦隊!メガホンジャー~浜松を元気に!応援パワ―発動!~】
本番に至るには、エントリーからPRチラシ作成の段階でエントリー名、演目名を確定させる必要がある。
アオハループは結果、仮の名を選択し、そのまま当日を迎えることになる。
それはどこか、その日の表現にあらわれていたと思う。
決して、自分たちのことだけが大切なんじゃない。
他者、他人、他の人、ここでは浜松と名付けてもいい。
自分たちが生活する場所、大切な人が居る所があってこその自分。
さあ、言いたいこと、伝えたいこと、それを浜松の街中から叫ぼう!
アオハループとは、青春(アオハル)がループする、青春を何度でも、一生青春!の意味だそうだ。
やっぱり、とっても、いい名だ。
ごにんめの「滞在型出演者」杉浦麻友美【アラームの中で】
昨年は、鉄塔の前などで姿を見たが、今回はあまり目にしなかった気がした。
「ヒメ巴勢里劇場」や「The合唱団」の演目には登場した。
もしかしたら僕自身が、他のやるべきことというやつにかまけていて、まわりを見なかったのかもしれない。
そんな思いを他者が撮った写真をみて思う。
視線は人の数だけある。
同じ場所に居てもみている所は違う。
みているようで何もみていない場合もある。
つかのま記念撮影に興じる者たちがいることも。
18:25~
里見のぞみ【ぞわぞわ】
演劇とは観るものだが、まるで文学作品を読んでいるような気がする時がある。
フランツ・カフカ「変身」では、主人公ザムザが朝起きると、自分が巨大な毒虫に変わっていることを発見する。
人間の存在自体の危うさ、私は誰でなぜここにいるのか。
見つからない答えを見つけに行く。
観劇や読書はそんな精神の旅でもある。
それでも演劇は終演時間が来るし、本も読み終える。
その後、それまでの問いとは関係なく腹が減り、うまいものを食べたりする。
もうすぐ、路上演劇祭の旅も終わる。
さて、何食べようか。
18:50~
エンディング【ことしもおわるさ】
ジュリーの替え歌はある意味シュールで路上演劇祭らしい気がした。
「どこにいたってもいい」。
今年のキャッチコピー。
どこにいたったんだろう?
いや、どこにいたってもいいのだ。















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